カルテやレセプトの電子化による効率化・経費節減
各医療機関でカルテやレセプトの電子化が進み、一般的となりました。現在では、その「電子化したデータをオンラインでどうつないでいくか」が焦点になっているといえるでしょう。これまでに、全国の医療機関の5割以上がレセプトのオンライン請求を始めています。事務作業の効率化などさまざまな利点がある一方で、セキュリティや個人情報保護などの問題もあります。導入すれば、医療機関にはどのようなメリット・デメリットがあるのでしょうか。
オンライン請求をしているのは5割強
カルテやレセプトという、医療機関では欠かせない事務作業の様相は日進月歩です。まずは、レセプト電子化の歴史を少し見てみましょう。
それまですべて医療事務員による計算と手書きで行われてきた診療報酬の算定は、1970年代にレセプトコンピュータと呼ばれる、診療報酬点数を計算してレセプト用紙に印刷できるマシンが開発されたことで様変わりしていきます。このマシンは「レセコン」と呼ばれ、パーソナルコンピュータが普及した今では、レセコン同様の機能をもつソフトウェアを指し示す言葉にもなっています。つまり、現在では、レセコンマシンをそのまま使っている場合と、PCにレセプト用のソフトウェアをインストールして使用している場合のどちらも、レセコンを用いてデジタル化した医療機関ということになります。
さらに、2006年、省令により診療報酬の請求方法としてオンラインによる方法が追加されました。また、支払基金から保険者に対しても、厚生労働省の通知により2007年にオンライン請求が開始されています。
こうした流れは、医療保険事務の効率化を主目的としています。レセプトの審査には年間千億円レベルの費用がかかり、全国の医療機関でも事務員の育成や人件費に膨大な費用がかけられてきました。デジタル化すれば機械的に処理できる部分が多くなり、人員・費用の削減が可能です。このことから、2011年を目標にオンライン請求による全医療機関の電子化が図られました。当時、政権交代が起こるなどさまざまな事情から、この目標は完遂されませんでしたが、緩やかながら現在も完全電子化への道が目指されています。
普及状況はどうでしょうか。2015年5月時点で、医科・歯科・薬局の全体では、電子レセプトの普及率は89.5%、オンライン請求については53.0%の施設が実施しています。つまり、電子媒体に移行済みだけれども、オンライン請求は行っていない施設が36.5%あるということですね。医科だけでみれば、7割がオンライン請求を始めています。病院にくらべて診療所は普及率が低いのですが、大きい医療機関のほうが新しい設備を導入しやすいのは当然ですね。
オンライン請求のメリット・デメリット
9割の医療機関が何らかの電子化を果たした現在においては、請求をオンラインで行うかどうかがポイントとなってきます。オンライン請求システムは、全国規模のネットワーク回線で医療機関、審査支払機関、保険者等を結び、オンラインでのレセプト算定データの受け渡しを可能にするものです。ペーパーレス化や、ミスを予防して返戻レセプト数を減らすなどレセプト業務の効率化を図るために開発され、今後は蓄積されたデータを医療の向上に役立てることなどが目指されています。
導入のメリット
- レセプトの印刷・提出にかかる経費(消耗品費、人件費等)と時間の節約
- 審査支払機関の請求受付時間が長い
- 返戻レセプト数が減るため効率が上がる
- 診療データを今後の医療に活かせる
一方、デメリットとしては、次のようなものが考えられます。
導入のデメリット
- 導入・運用にかかる費用の負担
- 情報漏えい等のリスク(データの保管・通信におけるセキュリティ体制の整備)
- 全職員にデジタル情報管理技術が必要(医療機関内でのデータ管理体制の整備)
厚生労働省は、オンライン請求の運用にあたっては、医療機関や薬局、保険者それぞれに、システムにかかる安全対策を規定するよう求めています。加えて、昨今の個人情報保護に対する意識の高まりから、患者の医療情報は細心の注意をもって取り扱わなければなりません。しかしながら、診療所ではシステム管理者を別におくことは難しく、電子化・オンライン化した際に必要となってくるセキュリティ対策や導入後のメンテナンスは、多くの場合、院長が担うかたちになりがちです。導入前後はシステム運用のための外部サポートを確保するなど、負担を減らすためのくふうが必要かもしれません。
電子化したシステムの応用例
以上のように、電子化には導入に際する困難はありますが、いったん導入してしまえば、さまざまな応用が可能です。
電子化データの応用例
- 電子カルテを併用することで、カルテと会計処理を連動させる
- 検査結果や画像データなども一括管理し、それを患者への説明に活用する
- デジタルの診療データなら集計や分析が容易なため、診療データの活用が進む
- 予約システムを導入して患者の待ち時間を短くする
- 外部の検査センターへの検査依頼や結果の受取をオンラインで行う、または院内ネットワークで検査部門とデータのやり取りをする
- 地域でネットワークを構築し、地域医療連携を進める
ところで、全国に紙媒体の施設がまだ1割程度あるというのは、意外な気がします。というのは、手書きでレセプトを記入しているということは、機械に頼らずにレセプトの算定ができる、職人のような事務員さんが、まだそれだけいらっしゃるということですから。
筆者は医療事務員を養成するテキストの編集・制作に携わったことがあり、そのとき、医療事務員として長くお仕事をされてきた方が、「電子レセプトが基本になったからといって、算定方法がわからなくていいということではない」と厳しくお話されていたことを覚えています。かれこれ15年くらい前のことです。電子レセプトを使えば診療報酬のほとんどは自動計算され、どの診療・検査にどれだけ報酬がつくのかといったことを覚える必要はほとんどありません。……だからといって、医療事務員の仕事は、ただ入力作業ができればいいというものではないのですね。
電子化・オンライン化のためには設備投資も大切ですが、やはり頼りになる医療事務員さんを育てるという人材育成との両輪で進めていかなくてはならないことなのだな、とつくづく思います。
執筆者 Sawa
記者・編集者を経て、フリーに。医療系の専門出版社である日本医療企画の介護・医療経営雑誌(『介護ビジョン』『ばんぶう』)で執筆を担当するなど、医療・福祉分野を中心に、U-CAN(日本通信教育連盟)、学研、朝日新聞社、リクルート、ビッグイシュー日本などで執筆。2011年よりロンドンにてモンテッソーリ教育を学ぶ。AMI国際モンテッソーリ教師・保育士。