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「協調的交渉術」で組織の人間関係を円滑に

人間関係

自分だけが満足すればそれでいい。「交渉」という言葉からは、そういった「自分の利益を勝ち取る」というイメージが伴います。これに対して、相手と自分の双方が満足するWin-Winの結果を導こうとするのが“協調的”交渉術です。日本での実践の第一人者である野沢聡子さん直伝の協調的交渉術。そのエッセンスを分かち合いましょう。

野沢聡子さんとの出会い

医療機関は、労務管理や人事管理の体制がなかなか整わないといわれています。それは、医療機関独特の問題として、組織のトップとなるのが医師であることや、入院・外来で異なるシフトや救急医療への対応など勤務時間の管理が難しいこと、また医療機関の中心をなすのは様々な職種の専門職ですが、その業務の内容から専門職スタッフはマネジメントに関わるスタッフのように経営的な視点をもつことは難しいことなどが挙げられます。

経営面のことが分からないと、むやみに反発したり無理な要求をしてきたりということが少なくない一方で、トップである院長は労務のプロフェッショナルではないことがほとんどです。職員から疑問をもたれたときに的確な応答ができないことが往々にしてあります。

このような時には、もちろん誠実な対応をとることが大切ですが、1つの助けになりそうなものとして紹介したいのが、「協調的交渉術」です。

もう、かれこれ10年くらい前のことになりますが、ソーシャルワークの実践に関する本の編集を依頼されたことがあります。出版社の担当者とチームを組みましたが、基本的には私が大部分をライティングした上で、丸一冊、編集するというお仕事でした。

私は出版業界で20年近く仕事をしてきて、さまざまな方にお会いしています。なかでも印象に残っているうちの一人が、その本の編集時に関わらせていただいた野沢聡子さんです。

野沢さんは、ソーシャルワークの世界をまったくご存知なかったにもかかわらず、よく理解したうえでご自分の本分を発揮されて、ほとんど編集の必要がないくらいの完璧な原稿を仕上げてくださいました。本などからだけでは伝わりにくいものですが、実際に交渉術に長け、そして気遣いのできる素敵な方でした。

さて、その野沢さんが取り組んでおられるのが協調的交渉術というものです。利己的なイメージの「交渉」に、関係者双方の満足を目指す「協調」という言葉が組み合わさっています。野沢さんは、留学先の米国コロンビア大学・教育学大学院で協調的交渉術の理論に出会い、感銘を受けたそうです。帰国後は、自治体や企業での講習や、講師として大学の講義などを通じて、日本での普及活動を続けておられます。

創造的・建設的な問題解決法

当事者同士が話し合って問題を解決する、これが「交渉」です。交渉というのは、自分の主張を通したり、相手を説得したりして、勝ち負けを争うだけのものではありません。そう思うのは、互いに1つしかないものを争って取り合っていると捉えているからでしょう。問題が生じた時、最初は何とかして相手を説き伏せたり、強引に奪ったりしようと考えてしまうかもしれませんね。

欧米では、領土を取り合ってきた歴史的・地理的背景があり、1つしかないゴールを略奪しようという考えがとても強かったのですが、強引に取ればリバウンドが返ってきますよね。そのくり返しが社会を不安定にし、戦争や紛争の起こりやすい状況を導いてしまいます。そのような、1つしかないゴールを競うのが「競合的交渉」です。

アメリカ合衆国は、様々な人種が一緒に暮らし、利害の不一致や意見の食い違いによって起こる対立や衝突、紛争(=コンフリクト/conflict)があって当たり前の社会でした。その事からかえって、他に先立って1960年代頃からコンフリクトについての研究が盛んに行われました。その中で登場したのが協調的交渉です。

従来の問題解決では「競合、譲歩、妥協、回避」の4つの道しかなかったところに、「協調」(コラボレーション)という概念をもちこんで発想を転換しました。互いにメリットがある、いわゆるWin-Winの関係となるために、双方が納得する独自のゴールを目指すというのが協調という考えです。最近では、創造的問題解決あるいは建設的問題解決とも呼ばれています。

自分の利益だけを考える交渉は競合的交渉となりますが、協調的交渉では相手と長期的な信頼関係が結べるようにすることが大切だと考えます。自分だけではなく、相手のゴールあるいは利益についても満足できるように考えるのが協調的交渉です。

たとえば、ミカンが1つあるとします。従来なら、このミカンは奪い合いになり、どちらかがミカンを勝ち取るまで交渉は続きます。しかし、ここで協調的交渉術を使ったら、「Aさんはミカンの実を食べたいけれども、Bさんは香り付けに皮が欲しい」のだとわかり、2人で欲しい部分を分け合うという結末だってあるかもしれません。

全員が同じゴールを目指しているわけではないというのが協調的交渉の大前提です。それぞれにとっていちばん大事なゴールは何かを知り、それを互いに尊重するために話し合います。目指すゴールが同じだった場合でも、それぞれにとって大事なものは他にないか探していけばよいのです。

実践・協調的交渉のすすめ

それでは、実際の場面で使える協調的交渉の方法をいくつかご紹介します。

共通の問題意識をもつ

コンフリクトが生じた時は、その問題を誰かのものではなく「われわれの問題」と捉えることが大切です。話し合う中で、「私はこの問題を解決したい」というメッセージを伝えていきます。また、「私とあなたは同じ〇〇(仲間、家族、グループ…)なのだから」と、共有できるメッセージも伝えます。

情報収集・情報伝達

「質問・言い換え・傾聴」の3つが情報収集のスキルと呼ばれます。一方、情報が少ないと、相手が見えないために人は不安になり、物事を悪い方へ考えがちになりますから、相手に情報を伝える情報伝達も必要です。

相手の本音・欲求を知る

十分な情報交換をして、双方の最優先事項(本音)を確認し合います。相手を信頼していないと、本音はいいにくいものですから、信頼関係をつくることも大切です。

情報収集スキルのひとつ、「なぜ」と質問します。そして、どうしてそうしたいのか、自分の「なぜ」も相手に伝えます。それによって、互いの理由、本音が見えてきます。歩み寄れないのは、隠れた本音が分からない時です。

問題を分析する

問題が起きたときは、状況、原因、結果について考えます。対立点、本音・欲求、問題の見直し、代替案、妨害案などの項目を立てて分析表をつくり、書き出すとよいでしょう。

相手の主張と本音は同じではありません。相手の主張を分析・考察して準備しておき、相手の本音に迫ろうとするのが交渉の場です。相手の欲求を満足させる代替案が見つかるまで、問題の見直しをしなければなりません。妨害案は、交渉の場における相手からの追及に備えて考えておきます。

相手の態度が競合的な時

相手が競合的態度だった時は、イライラしたり腹が立ったりしてしまうでしょうが、絶対に反発してはいけません。相手の姿勢が競合的な時は、とにかく“聞く”ことに徹してひたすら情報収集することによって、相手の競合的態度がトーンダウンしていくのを待ちます。相手が競合的な姿勢をとっている限りは質問に入れません。

時間はかかりますし、感情をコントロールすることは難しいでしょうけれど、大事なのは「この問題を解決するんだ」という目的を見失わないことです。

相手の本音が分からない時に不信感が生まれるというのは、心理学の実験などでも明らかです。相手の言い分をしっかりと分析して本音を見いだし、また、自分の本音を相手がわかっていないとしたら、しっかりと言わなければなりません。言わないと、不安が膨らんで悪い想像ばかりが広がってしまいます。聞きたくないこと、きれいごとでは済まないこともあるかもしれませんが、言わなければ相手には伝わりません。

コンフリクトを受け止めることができたら、人は成長し、互いの信頼関係も強くなります。協調的交渉によって、建設的な話し合いで双方が納得できる結果を導いた当事者たちの満足感は大きいものです。このように精神的に健全なプロセスであるため、その集団や組織全体の生産性が上がるともいわれています。

個人や組織にWin-Winの関係をもたらす協調的交渉。さっそく今日から取り入れてみてはいかがでしょうか?

Sawa

執筆者 

記者・編集者を経て、フリーに。医療系の専門出版社である日本医療企画の介護・医療経営雑誌(『介護ビジョン』『ばんぶう』)で執筆を担当するなど、医療・福祉分野を中心に、U-CAN(日本通信教育連盟)、学研、朝日新聞社、リクルート、ビッグイシュー日本などで執筆。2011年よりロンドンにてモンテッソーリ教育を学ぶ。AMI国際モンテッソーリ教師・保育士。